oneself 後編
それからは、どうしよう…と悩む間もないくらい、会話は順調に弾んだ。


隣の男は、本当にいい人だった。


今日が初めてのあたしを気遣ってか、積極的に自分の事を話してくれた。


彼の名前は、斉藤 満さん。


現在31歳、独身、彼女なし。


ちっともそんな風には見えないけれど、苦笑いしながら、「モテないんだよね」と言う斉藤さんに、好感が持てた。


今日は会社の出張で、神奈川から大阪に来ているという。


時には、あたしへの質問もあった。


でも年齢や出身地、そんな差し障りのない質問ばかりで、困ってしまうような質問はされなかった。


始まる前に、翼が言っていた。


教えたくない事を聞かれた場合は、適当に嘘をつけばいいと。


例えば、大学はどこへ行っているのかとか、なぜこんな仕事を始めたのかなど。


その時、斉藤さんがスーツの胸ポケットから、煙草を取り出した。


あたしは急いで、隣に置いてあったポーチに手を伸ばす。


ポーチの中には、携帯や手鏡、さきほどお店から貰った名刺などが入っていた。


それらを押しのけて、やっとその手にライターを掴んだ時…


カチッ…


斉藤さんの口にくわえられた煙草の先は、すでに赤い炎をおびていた。


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