oneself 後編
結局、あたし達がやって来たのは、斎藤さんの宿泊するホテルの最上階にあるラウンジだった。


こういう所で飲むのは初めてで。


ピアノの生演奏を聞いていると、少しだけ嫌な事を忘れられた。


最近の出来事を、おもしろおかしく話してくれる斎藤さん。


あたしが暗い理由には、決して触れない斎藤さん。


本当に。


彼は素敵な人だった。




他愛もない話を、1時間ほどした頃。


「そろそろ帰ろうか」


斎藤さんは軽く伸びをしてから、カウンターの上にさりげなく部屋のキーを置いた。


帰ろうか、その言葉と。


カウンターに置かれた部屋のキー。


そう、彼は無理強いをしない人。


でも、彼だって健康な男の人で。


そういう事を考えなくもない事は、はじめから分かっていた。


この先を決めるのは、あたしなんだ。


あたしはキーを見つめながら、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「出ましょうか」


そう言って、あたしはゆっくりと立ち上がった。


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