oneself 後編
もともとあたしは、お酒があまり好きではない。


かろうじて飲めるのは甘くて口当たりの良いカクテルなどで、それだって1、2杯で体中が熱くなってくるのだ。


それでもこの場で、飲まない訳にもいかないあたしは、グラスに唇をつけると、ぐいっと一気に喉の奥に流し込んだ。


苦い…


向かいの席で楽しそうに話し出す、翼と波多野さん。


あたしは隣の男の方に膝を向け、彼の顔を見上げた。


やんちゃなイメージの波多野さんとは対照的に、前田さんはおとなしそうな感じだった。


斎藤さんのように、彼の方から積極的に話してくれるとは思えない。


何を話そう…


「えっと、あたし今日が初めてで…」


結局、今までの席での会話を振り返りながら、まずはそれを断っておく。


「至らないとこもあると思うんですが、よろしくお願いします」


そう言いながら、さきほど書いた名刺を一緒に差し出す。


彼はそれをじーっと見つめると、「どうも」とだけ言って受け取った。


「ホンマに初めてなん?」


彼はグラスを片手に、チラリとあたしの方を見ると、すぐ目をそらしてそう聞いてきた。


どこの席に着いても、同じような事を聞かれた。


初めてじゃないのに、初めてだと嘘を付く事に、メリットがあるのだろうか?


あたしは会話も仕事もろくに出来ない女が付いて、申し訳ない気持ちで言ってるんだけどな。


「ホンマに初めてですよ」


そう答えると、前田さんはゆっくりとこちらを向いて、あたしを見つめた。


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