最後の恋
サトルは、私の気持ちに気付いている。
もう分かってる。
だから今日、私に会いに来たんだ。
「つーか、あれだぞ?俺もさ、母さんがガンになったろ?だから何か焦ってたんだよな」
サトルはそう言って、運転しながら前だけを向いて言葉を続けた。
「別にお前じゃなくても良かったの。とりあえず結婚してさ、気が弱ってる母さんを安心させられたら良かったんだよ。まぁ紹介とか考えたら、手っ取り早いし莉奈の顔が浮かんだだけで」
サトルの横顔は、とても寂しそうだった。
「だから別にお前じゃなくてもいいんだよね。よく考えたら結婚するならやっぱり若い女の方がいい気がしてきてさ」
とても寂しそうに、そんな言葉を並べていく。
「だから、やっぱりやめよう…結婚は」
サトルは、私のためにウソをついてくれている。
私が自分から切り出さなくてもいいように、私から、言わせなくてもいいように…サトルは自分のせいにして全てを終わらせようとしてくれている。
「サトル…ごめんね…私…」
「は?何でお前が謝るわけ?俺からプロポーズしておいて、やっぱりやめようって断られてんだぞ?莉奈が謝る必要ないだろ」
「…っ…ごめん…ごめんね…」
「だから謝んなって」
苦しくてたまらなかった。
この人をもう一度好きになれたら、私は必ず幸せになれるはずだ。
だけど…それが出来なくて。
もう一度、あの頃のように戻ることが、私には出来なかった。
「ほら、着いたぞ」
窓の外を見ると、もう私のマンションの前だった。
「…っ…」
動けずにいる私に、サトルは前を向いたまま冷静に言った。
「指輪……今持ってるなら置いていけ。俺がちゃんと、自分で捨てるから」
私は泣きながら、カバンに入れていた指輪ケースを取り出した。
サトルは、そんな私を全く見もせずにただ前だけを向いている。
「サトルと会えて…本当に良かった。サトルと出会えたから…今の私があるの。ありがとう……本当に…っ、ありが…」
「分かったって。ほら、早く行けよ」
涙が止まらなかった。
出会いを振り返り、過ごした時間を思い出しながら、私は車のドアを開くと空いてしまった助手席にそっと指輪を置いた。
「じゃあな」
「…っ…」
「泣くなって。お前は笑ってる顔が一番いい」
「…んっ……うんっ…」
泣きながら、私は精一杯笑った。
泣きながら、サトルが一番いいと言ってくれた笑顔を見せた。
「じゃあな」
「…うん」
車が、ゆっくりと走り出していく。
私はそれを、見えなくなるまで泣きながら見送った。