ハニートースト ~カフェで恋したあなた~
「すっげー雰囲気の良い店だった。居心地が良くてさ。大学の講義の空き時間にひとりでフラっと来るようになったんだ」
その頃、私はまだ小学生だった。
そう思うと、片桐さんはやっぱりとても遠い場所にいる気がする。
「俺がスケッチブック広げてたら、マスターが声をかけてくれたんだよ。絵を見せてくれって。ちょうど、海の絵を描いている時だった」
「もしかして、それがあの絵?」
今は私の部屋に飾られている絵。
優しい海の絵。
「あ、覚えてくれてんだ?そうそう、店に飾ってくれてたよな」
「あの絵、大好きなんだよ!」
「そうなの?嬉しいなぁ。俺も好きだった。あの頃は、純粋に絵を描いてたなーって懐かしく思い出すことがある。今は、あんな気持ちで書けないからさ」
今度は、真っ赤なカクテルが置かれた。
片桐さんはカクテルグラスを目の高さまで上げて、じっと見つめた。
「優海が言ってくれたじゃん?夢は持っててもいいって。あれ、すっげー嬉しかった。救われた。俺、いつまでも現実見れねー自分が情けなくて落ち込んでたんだけど、お前の言葉でラクになった。マジで感謝してんだぁ」
真っ赤なカクテルグラスを私に近付けて、私のカクテルに数滴垂らす。
「綺麗だろ?」
ニヤっと笑う。
オレンジとピンクと赤が混ざり合い、何とも言えない色になる。
キュンとする。
きっと、今の私の心の色だね。
「こうやって女の人口説くんでしょ」
「ははは。そんなことしねーよ。俺」
片桐さんはどんな風に女の人を口説くんだろう。
悲しいけど、見てみたい。
だって、ものすごくかっこよさそうだもん。