恋した鬼姫
旅立ち
ハンスは、それを見届けた後、兵士とともに城に戻り、王にセラが行方不明だと嘘をついた。
まさか、セラも一緒に谷底に落ちるとは、ハンスは予想もしていなかった。しかし、自分の立場が悪くなることのほうがハンスにとって大事だった。

「ハンス様。もし、このことがバレれば我々は、どうなってしまうのでしょう。」
兵士は、小声で話をした。

「フッ。お前達が喋らなければ大丈夫だ。お前達も共犯だ。裏切れば、生きていられないと思え。」
ハンスの顔は、闇のように深く恐ろしかった。
兵士は、怯え従うしかなかった。



その頃、谷底に落ちた馬車の中でセラは気がついた。
目を開けたセラは、驚いた。馬車は、ほとんど形がないくらい壊れているのに自分の体は何一つ怪我をしていなかったのだ。
セラは、思った。きっと婆やが守ってくれたのだと。婆やの角の力は、シールドを作り出す力を持っていた。

しかし、セラが当りを見渡しても婆やの姿は、どこにもいなかった。

「婆や?婆や、どこにいるの?!」
セラは、とても心細くなった。

セラが谷底を歩いていると、足元にわずかだが血の列が出来ていることに気がついた。

セラは、婆やが怪我をしているのではないかと思い、血の列を追って走った。
少し行くと婆やが倒れているのが見えた。

「婆や!婆や、婆や!しっかりして!」
セラは、倒れている婆やを抱き起こした。ぬるっとした物が手のひらについた感じがして、セラは手のひらを見ると婆やの服のお腹の部分は、真っ赤に染まっていた。

セラは、着ていたマントを破ると婆やのお腹に巻き付けて止血をした。

「…姫様。」
その時、婆やが気がついた。

「婆や、ごめんなさい。私のせいで。待ってて、急いで誰か呼んでくるわ。」
そう言うとセラは、立ち上がったが婆やはセラの手を掴み、首を横に降った。

「どうして?!このままだと婆やが死んでしまうわ!」
セラは、涙をボロボロ流した。

婆やは、掠れた声でセラに言った。
「もう無理のようです。ですから、今しばし私のそばにいてくださいませ。」
婆やは、自分が助からないことがわかった。セラも気づいてはいたが、現実を認めたくはなかった。

「婆や、お願いよ。私をひとりぼっちにしないで。」セラは、婆やにしがみついた。
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