イケメン大奥
帰らなくちゃいけない時間。嫌でも迫ってくるのは分かっていた。
『ここには時計は置いていない。時間のゆがみから出来た場所だから、時計は役に立たないんだ』
キヨの説明に納得できなくても、帰らなくてはならない。
「この軽食を楽しまれる時間は、まだありますので、ゆっくり召し上がってください」
「分かったわ……その時が来たら、伝えて」
ランがハンカチで目元を拭いた。レンはランにしがみついて、あたしのほうを黙って見ている。
この可愛らしい双子の少年たちとも、別れなければならない。
「大事に箱に入れて、上様の刺繍はとっておきますね」
ランは、ぐじゅぐじゅ鼻をならしながら、声を震わせた。
あたしはその頭に頬を埋める。猫の毛のような、柔らかな肌触り。ふかふかで、安心できる細い髪の感触。小さな頭を抱きかかえるようにすると、ランは黙ってもたれかかってきた。
「皆に愛される上様が、またいらっしゃることを我々は祈るしかないのです」
ハルの言葉に、かたく目を閉じる。
……もう一度だけでいいから、もう一度、大奥に来たい……。
キヨがコホンと咳をしてあたしの方を見ている。切ない想いが伝わったのだろう、上にいる人間として失格だ。ちゃんとしなくちゃ、皆に哀しい想いを伝えてしまってはならない、繰り返し言い聞かせるも、泉のように湧き出る寂しさ、切なさ、離れたくない想い。
ランがあたしから離れて、お茶を入れ替えてくれた。
「上様、温かいお茶を入れましたから」
御小姓に頼めばいいことなのに、自らお茶を入れてくれたこと泣いてくれたこと、うれしくて再びあたしの胸の内は熱くなった。