イケメン大奥
「どうしても熊の手を食べてみたい、なんて我儘言われた日には、表使はじめ広敷用人、御用達たちは上へ下への大騒ぎだよ」
「そうなんだ」
今更ながら、額に汗。無理なこと言わなくて良かった。だからまた大奥に来られたんだわ。
皆で並んで食べる食事は、普段のあたしが食べているような変哲もないものだったけれど美味しかった。
大勢の育ちざかりの青年や少年たちが大盛を食べているのを見ていると、ふと疑問がわく。
この子たちは、自分のリアルな家に帰ることはないのかしら……?
そこで隣でもくもくと食べている青年に訊いてみる。マサがおかずを入れに席を立ったのを確認してから、彼は話を聞いてくれた。
「大奥にずっといることの不安……ねぇ。帰りたい奴らはさっさと帰っていくし。ただ、再度、大奥に来ることは出来ないみたいだね」
ええええ……あたし、またまた規則違反なんでしょうか。まとめた髪の生え際にじんわりと汗が浮かんでくる。
青年はお茶を飲みながら首を傾げている。
「あ、違ったかな? また入ることは携帯のメールクリックで出来るんだけれど、そういうのを繰り返すと身体に良くないとか。噂だけど」
身体に悪い……。一度は、紐の痣が綺麗に消えたあたしの身体。実は、大奥に来てから、少しずつ赤い紐の跡が浮き出てきている。
このことだろうか?
大奥で怪我をして、リアルな現実社会に帰ると傷は治る。
でも、再度、大奥に戻ると傷が再び出てくる。悪化する。
「俺は大奥に来てから一度も前の世界に帰っていないから、よく分からないんだけどな」
青年はのんびりと食後のお茶を楽しんでから、あたしを残して、席を立った。