イケメン大奥
食事を終えて、机を片づけて部屋を囲むように壁ぎわに椅子を並べていく。その最中も、あたしは自分の両腕についた紐の跡が気になって仕方なかった。
リアルの世界では全く綺麗に消えていた跡が、大奥に来てからみるみるうちに浮かび上がり痛みが戻ってくる。
「お前、手首の傷、どうしたんだよ」
モップを手にぼんやりしていたら、マサからチェックが入った。
「お前、罪人だったんじゃねぇか?」
確かに……手首に縛られた跡なんて、そうそうつくものじゃない。どこかに監禁されていたとか、縛られる趣味があるとか、後は悪いことをして縛られる……。
慌ててオランウータン顔に嫌だけれども顔を寄せて弁解する。
「いえ、そんなんじゃないんです。大丈夫です。リアルで虐待を受けていましたので」
嘘。うそです。心の中で謝るしかない。
しかしマサは信じたようだ。あたしの肩に腕を回して、びくついているあたしに同情してくれた。
「いや、訊いて悪かったな……。大変だったなぁ、ここは仕事さえしっかりしていれば、暴力を受けたり罪に問われることはないからさ、安心しな」
顔はともかく、あたしたち働きバチたちには、いい親分なのかもしれない。
御奉公、という言葉をあたしは身をもって実感する。飯つき、生活の保障つき、労働で返していく。そこに賃金と将来を決める権利はないが、身の安全と生活の保障はある暮らし。
大奥に居続けることを決めた男性たちは、それを選んだんだ。リアルの生活よりここを選んだんだ……。
あたしはどうなんだろう……。
モップを手にして、立ち尽くす。マサの視線を感じてモップを動かすも、手首の傷が痛んで力が入らない。意外に手首という場所は、身体の中でもよく動かす場所らしい。
傷を負ってみて、そして実際に働いてみて、その大切さに気付かされる。
この手首の紐がこすれた傷は、悪くなる一方なんだろうか……?