シンクロニシティー


「行こう」

 柔らかい笑みを浮かべてもう一度言うと、彼は私の手を引き歩き始めた。


「ちょっと待てって」

 私の右肩に男の左手が触れた瞬間、反射的に払い除けていた。
 と同時に、背後の男を振り返って見上げた。

 呆けた顔で私を見下ろす男に向かって、

「私にだって、相手を選ぶ権利ぐらいあるはずでしょ?」

 私らしくない主張を口にした。

 それは、男に対しての言葉だったのか。
 それとも自分に対しての……


 握られた左手がとても心地良くて。
 嫌なものは嫌だ、と。
 つい、人間らしい負の感情を剥き出しにしてしまった。



「走れる?」

 耳元で彼が囁いた。
 さわやかな春風のように、彼の吐息がそっと私の耳を撫で、胸が高鳴った。

 火照ってしまった顔を上げて、彼を見た。
 温かく私を包み込むように注がれる、日だまりのような眼差しに、全身がさらに激しく脈をうつ。

 生きているんだ、私。


 この時、自分の息吹を確かに感じた。


< 23 / 296 >

この作品をシェア

pagetop