君を忘れない。
八、後書き。
ここまでのお付き合い、誠にありがとうございました。
このお話しは、戦争のことを少しでも知ってもらいたく、非力ながら書き始めました。
所々、事実とは違う点や実際にはあり得なかった点があると思いますが、これで一応完結となります。
お話し中にも出てきました特攻隊ですが、皆様はご存知でしょうか?
残念ながら、本文では詳しく説明することが出来ませんでした。
特攻隊とは、太平洋戦争末期に、飛行機や船航艇に乗り込み、敵艦に向かって自ら突っ込んでいった若者たちのことであります。
いわば、十死零生の必死(必ず死ぬ)の作戦です。
そしてその作戦を強いられた多くが、十七歳から二十三歳の青年です。
知識も技術もなく、未熟な操縦、粗末な飛行機で飛び立っていったのでした。
それは、志願という名だけの、命令でした。
当時の日本人にとって、戦死は名誉であるという考え方が、一般的であったのです。
反戦を唱えた人々は、ごく一部。
学生たちにとっても、学徒出陣に反抗することは、監獄に入ることを意味していました。
大半の人は、「仕方がない」「当たり前だ」と、学徒出陣していったそうです。
現在のような考えは、当時にはありません。
一平のように、医学部から出征していった人は、ほとんどいなかったそうです。
理系の学生の技術や知識は、当時の日本に必要だったからです。
一平は戦死してしまいましたが、無駄死ではないと、意味のある死だと、そう言いたいです。