木漏れ日から見詰めて
 母親が狭い家の中でスパスパとタバコを吸い、いつも煙が充満して白かったはずの部屋の壁は黄色い。

 私は幼い頃から母親の口から吐き出される煙を吸い慣れているせいか咳をしたり、喉が痛くなったり、煙いとも思わなかった。

「母が吸っています」
 私が答えると医師は頷きながらカルテに記入していく。

 自分の意思とは関係なくタバコの煙を吸わされることを受動喫煙といい、しゃっくりは食道ガンの初期症状らしい。

 再検査して入院するように言われたが、私は無視をした。

 家を出て町を出て彼が赴任している小さな町に引越した。

 残りの人生を彼だけを見詰めるだけに注ぐことにした。

 ちょうどいい物件にめぐりあった。

 学校の隣に建つボロアパート。

 そこからは彼が教壇に登っている姿を見下ろせる。

 彼が黒板を背にしたときは右側の後頭部、教室の後ろから歩いてきたときは左側の横顔が見えた。

 それも葉と葉の間の僅かな隙間の一瞬だけ。

 1時間の授業でその一瞬一瞬を繋げて映像にしたとしても1分にも満たないだろう。
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