木漏れ日から見詰めて
 彼と目を合わせてはいけない。

 いますぐにでも彼がいる教室に向かって名前を叫びたいけれど、それは許されない行為。

 だって彼には守るべき家族があるのだから……。

 彼と知り合ったのは私が高校を自主退学するほんの数ヶ月前。

 新しく赴任してきた先生が早速うちのクラスで授業をするらしく、みんなソワソワしていた。

 私はたいして興味を示さず、机の上で組んだ腕に顎をのせてだらけた姿を垂直に立てた教科書で隠した。

 みんなは全校朝会で顔を見たらしいけど、私は遅刻してしまい新任教師をまだ見ていなかった。

 彼が教室に入ってくるとクラスメイトはザワつきはじめ、なかには落胆する声ももれてきた。

 私は教科書より上に視線を上げようとはしなかった。

「今日から数学を担当することになった菱沼信也です。よろしく!」
 彼は手短に自己紹介をすませるとすぐに授業を開始した。

 面白味のない奴……それがまだ顔を見ていない彼の第一印象だった。

 私が本格的な眠りに入ろうかというとき、教科書が持ち上がった。

 
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