木漏れ日から見詰めて
 怒られる、廊下に立たされる、そんな不安を駆け巡らせていると彼がにっこり微笑んで言った。

「寝るには早すぎるよ」

 私は魔法をかけられたように背筋が伸び、「は、はい」と甲斐甲斐しく返事をした。

 クラスからはクスクスという笑い声がこぼれたが、恥をかかされた羞恥心よりも彼が教室に入ってくる姿を見過ごしてしまった後悔がこみ上げてきた。

 その日から彼のひとつひとつの仕種が気になってしょうがない。

 出席を取るために私の名前を呼ぶとき、確実に彼と目を合わせることができた。

 黒板に書かれた数式をみんなが頭を下げてノートにペンを走らせているとき、私だけがノートを開かずに顔を上げて見詰めていた。

 注意することなく、不思議そうな顔をしながら私を見る彼の顔が面白かった。

 私は数学の勉強よりも彼を見る時間の確保を優先させた。

 どうして彼に惹かれるのか考えたことがあった。

 顔にこれといった特徴があるわけでもない。

 彼の歳は32歳で小学校2年生の娘もいるらしい。

 
< 4 / 29 >

この作品をシェア

pagetop