彼は、理想の tall man~first season~
「好きなんだ、ピアノ」
「え? あの・・・・・・はい、大好きです」
こんなことで嘘を吐いても微妙だと思って、正直に答えると、中條氏はフッと笑った。
「子どもの頃は、音楽の先生とかに憧れてたんです」
「なんか、似合いそう」
「そうですか? ちょっと嬉しいかも」
「目指さなかったの?」
「んー、そうですね。ずっとピアノだけを弾いていればいいってことでもないし。それを職業にしたら、なんか好きな事を義務にするって、どうなのかなって思っちゃって」
「まぁ、そうだね」
「だから、アルバイトで好きに弾けるって空間が、私には合ってたのかなって」
「それも似合いそう」
エンジンをかけると、サンルーフを少し開け、助手席側と運転席側の窓も少し開けた。
今が煙草を吸うタイミングと察知した私は、久し振りに煙を肺に吸い入れた。
「自分が弾きたい曲とか、お客さんからのリクエスト曲とかを弾いて。私は音で空間作りをして、聴いてもらって。そういう中で、美味しくお酒を飲んで、喜んで貰えたらって」
そう言うと、ますます聴いてみたいね――なんて、中條氏は柔らかい顔で笑っていた。