彼は、理想の tall man~first season~

ピアノを弾くのは久々で、まともに弾ける自信がなかった。

だけど、1曲でも弾けば弾いた事実にはなるから――なんてズル賢い考えも浮かんで。

衣装が並びかかっている部屋の隅に目を向けた。


お店を開けた所で、まだお客さんは来ないだろうから、着替えたら練習させて貰おうと考え。

バイト時代に着ていた馴染み深い黒のドレスを手に取り、スタッフルームのドアの鍵を掛け着替え始め。

そして、お化粧を軽く直してからホールに向かうと、マスターはもともと悪そうな顔を私に向け、口の右端を軽く上げると、フッと笑った。


「そういえば、私お腹空いてるんだった」

「あんだ? 作れってか?」

「うん! その間に練習させてね」

相変わらず勝手な女だな――。

そう言ったマスターだったけれど、何かを作ってくれそうな動きをしていたから、私はホールステージに置かれているグランドピアノへ近付いた。


薄暗かったホール。

だけど、ピアノの前に来た時、ステージが薄ピンクのライトでパッと照らされた。


どうやらマスターが気を利かせて、点けてくれたみたいだ。
< 394 / 807 >

この作品をシェア

pagetop