彼は、理想の tall man~first season~
ピアノを弾くのは久々で、まともに弾ける自信がなかった。
だけど、1曲でも弾けば弾いた事実にはなるから――なんてズル賢い考えも浮かんで。
衣装が並びかかっている部屋の隅に目を向けた。
お店を開けた所で、まだお客さんは来ないだろうから、着替えたら練習させて貰おうと考え。
バイト時代に着ていた馴染み深い黒のドレスを手に取り、スタッフルームのドアの鍵を掛け着替え始め。
そして、お化粧を軽く直してからホールに向かうと、マスターはもともと悪そうな顔を私に向け、口の右端を軽く上げると、フッと笑った。
「そういえば、私お腹空いてるんだった」
「あんだ? 作れってか?」
「うん! その間に練習させてね」
相変わらず勝手な女だな――。
そう言ったマスターだったけれど、何かを作ってくれそうな動きをしていたから、私はホールステージに置かれているグランドピアノへ近付いた。
薄暗かったホール。
だけど、ピアノの前に来た時、ステージが薄ピンクのライトでパッと照らされた。
どうやらマスターが気を利かせて、点けてくれたみたいだ。