彼は、理想の tall man~first season~

それ、私のだって言おうと思ったけれど、リストの調べがどこからともなく聴こえて来た。


フランツ・リスト“愛の夢”

超有名な、誰でも聴いたことのあるこの曲は、聴いていてうっとりさせられてしまう。

そして、優しく広がる音の世界に引き込まれる――。


「マスター、奏って、美紗の昔の生徒だったらしいっすよ」

「はぁ? マジか?」

「マジらしいっす」

「んな偶然あんのか?」

「あるみたいですね」

カウンターを挟んで、マスターと和君がコソコソ言っているけれど――マスターの視線を強烈に感じるけれど――私は完全無視を決め込んだ。


奏君の今の生活が、どんな風なのかは知らない。

でも、昔よりもいい環境にいるであろうことは、伝わる音色から伺い知れた。


私は完全に聴き入っている状態だった――けれど。

「あいつは、弾き方がエロいんだよなぁ」

真横からピアノの音色だけは繊細な、詐欺師マスターの不用意な発言。

「もぉ、黙って聴いててよ」

私はマスターの背中を叩いて、私に再び出してくれた和君のカクテルを、じっくりと飲んだ。
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