彼は、理想の tall man~first season~
昔は、譜面通り弾くことは簡単に出来てはいたけれど、相手に聴いて貰おうという感情は、当時の奏君にはなかったもの。
仕事とはいえ、それが奏君から紡ぎ出される音と弾く姿勢――雰囲気から感じられて、私は嬉しくなった。
きっと、もっといい弾き手になる――そんな気がするから。
曲が終わり、次に奏君が弾き始めたのは――。
“小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ”
「奏は、選曲センスがねぇな。何で次にそれ行くんだよ。お客がキョトン状態じゃねぇかよ」
マスターは軽くお怒りモードだったけど。
私が最後の最後まで合格を出さなかった曲だったから、多分、私に聴かせてくれているんだって、そう思った。
この曲は、とても視覚喚起力のある曲。
小鳥のさえずりのような音色はマスター以上に繊細な音を繰り出している。
マスターも和君も私も、すっかり黙ってしまった。
昔よりも、音が生きていて――タッチもしっかりしてる。
それに、弾くことが楽しいって感じる事が出来る音だった。
一般的にはメジャーな曲ではないから、お客さんは退屈かも知れない。
けど、あのタッチの速さには、間違いなく魅せられていると思う。