彼は、理想の tall man~first season~

マスターの決定は、ここでは絶対だ。

なんの意図があっての連弾なんだか――って気分ではあったけれど。

これ以上騒いだ所で、弾くことには変わりない。

私は諦めて反論するのをやめ、気持ちを切り替えながら、一旦スタッフルームに引き返した。


マスターと譜面を見ながら、軽く打ち合わせをして。

頭の中で弾いている時のイメージを膨らませた。

マスターとの連弾なんて、本当に久し振りのことで大緊張。

こんなワケありの空間で弾くことでも、緊張なのに――。

なにがなんだか、よく解らなくて、もうヤケクソ状態。


だけど、親しそうな間柄に見えた、敦君とキレイめの女性。

それを考えると、やっぱり弾くのはやめたいという気持ちに、心の大半は占拠された。


「余計なこと考えねぇで、楽しんで弾けよ?」

「――え?」

「友達からの折角のリクエストだろ? それに、お客にはお前の心理状態なんて関係ねぇ」

「はい」

「お通夜みてぇな面して演奏されてみろ? 二度と来ちゃもらえねぇだろ」


マスターの言いたいことは、充分過ぎるくらい伝わって、私は深く頷いた。
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