彼は、理想の tall man~first season~

ステージには男女の姿――。

手前に座っている男性がマスターであるなら、彼女はその人の奥に座っているが。

彼女がピアノを弾くという事を事前に聞かされていなければ、あれが彼女だとは気付かなかったかも知れない。

紫色に染まっている女性の横顔は、とても彼女と判別し難い。

多少見難い角度ではあったが、目を凝らして見ると、彼女は確かにピアノの前に座っていた。


どんな感じなんだろうか――。

ピアノをこういう形で聴くという機会はなく、特に興味もなく生きて来た。

だから、そんな俺に――ピアノの善し悪しが勿論判る筈もないんだが――。

演奏が始まった瞬間、ゾクリと全身に鳥肌が立った。


トモコちゃんは彼女とマスターの連弾が好きだと、さっき騒いでいたが――。

実際にそれを実際聴いてみて、成る程なと、トモコちゃんの発言には納得だった。


ただ、俺からすると――見せ付けられているような、そんな気分で。

弾いている者にしか解らない何かが――あのステージで弾いている者同士にしか――分かり合えない何かがある、と。

漸く近付けた筈の彼女が、まるで異世界の人のような――遠い存在に思えた。
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