彼は、理想の tall man~first season~
飲んでいる者の空気を一変させた、彼女とマスターの演奏。
その客の輪の外から見ていた俺は、彼女の意外な一面に、危機感を抱いた。
さっきの美青年も、もしかしたらマスターも、彼女に相当惚れ込んでいるんではないだろうかと――。
ここ数年で抱きもしなかった恋愛感情に、焦りを抱いた。
曲が変わって、俺でも知っているバンドの曲となり、トモコちゃんと柏木君の背中はなにやら愉しげだ。
彼らがリクエストしたのは、この曲なんだとそこで知り。
ロックもピアノで曲のテンポを緩めて弾くと、全く違った感じになるなと、聴き入った。
そして、ふと人影を感じ、少し視線を動かすと、隣に尚輝が立っていたことに気が付いた。
俺が飲んでいたグラスを、尚輝が無言で寄越す。
「悪いな」と――再び目を向けたステージでは、絶妙なタイミングで、双方からメロディーが奏でられ。
なんとなくトモコちゃんの言っていた、曲中でケンカして仲直りの意味を納得して。
「凄いな」
俺から尚輝に言えた言葉は、そんなありきたりの、陳腐な一言だった。
「久々だってのに、あんだけ弾けんなら、」
尚輝は彼女達に目を向け、軽くため息を吐いた。