君に咲く花
いったい、何が起こったんだろう。

茫然としてるところにがさっと物音が聞こえて、私はびくっとして後ろを振り返った。

そこにいたのは、速水さんだった。

左手で、小石を小さく投げては受け止めている。それを投げて、野犬を撃退してくれたってことなんだろうか。

重松がたたっと駆け出して、速水さんの足元にちょこんと座った。

速水さんもしゃがんで、重松の頭を優しく撫でた。

「犬は鼻がよくきくんだ。だから、お前と姫を間違えたりなんかしない」

もしかして、聞かれてたんだろうか。

じゃあ彼は少なくとも、そのときから近くにいたってことになる。

「悪い、お前があんまり寂しそうにこいつに話しかけてるから」

なかなか出ていけなかったんだと、彼は言った。

そして。

「昼間は、悪かった」

速水さんは、ばつが悪そうに謝ってくれた。

いきなりのことに、すぐに言葉が出てこない私に、速水さんは余計な言葉を付け足した。

「しかしお前、塀を乗り越えて屋敷から出るなんて、やっぱり姫とは似てもにつかないな」

「ちょっと、それどういう意味よ」

女らしくないとでも言いたいんだろうか。

むっとして見上げると、速水さんがふっと笑って言った。

「そういう意味だ」

あ。初めて笑いかけてくれた。

なんだか、ちょっと嬉しい。

「いつまで座ってるんだ。早く立たないと置いてくぞ」

「あっ、ちょっと待ってよ!」

本当に先に歩き出した速水さんを、私は慌てて立ち上がって追いかけた。

暗い森を引き返さなきゃならなかったけど、もう恐くない。

あんなに寂しいと思ってた気持ちが、すっかり消えてなくなっていた。

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