君に咲く花
朝乃さんは、にこっと私に笑いかけた。

「朱音様の世話役を任されました朝乃と申します。代えのお召し物をお持ちいたしました」

朝乃さんが差し出したのは、丁寧に畳んである着物だった。

「お着替えを手伝わせていただきますね」

そう言われて断ることもできず、部屋に入って着物を着付けてもらった。

着物なんて、何年ぶりだろう。七五三以来かもしれない。

全身の鏡の前に立った私は、自分の着物姿をまじまじと見てしまった。だって何かあるわけでもないのに着物を着るなんて、滅多にないことだったから。

「とてもよくお似合いです」

そうストレートに言われちゃうと、照れくさい以上に、何て言って返したらいいのかわからない。

「本当に、姫様によく似ていらっしゃって……」

ぽつりと、朝乃さんが言った。

鏡越しに見た朝乃さんの顔は、何だかちょっと悲しそうだ。

昨日は姫様と呼ばれて、今日は姫様に似ていると言われたけれど、肝心の“姫様”が一体誰のことを指しているのかよくわからない。

「あ、あのう」

朝乃さんが悲しそうな顔してるから、ちょっと聞きづらかったけど、それでもどうしても気になって、聞かずにはいられなかった。

「姫様っていうのは、このお屋敷の人なんですか?」

「ええ。成政様の兄でありこの屋敷の前当主である、今は亡き頼政(よりまさ)様の一人娘だった、夕(ゆう)様のことです」

朝乃さんが、どうして過去形で話したのが気になった。

さっきもそうだったけれど、今も朝乃さんの顔は、微笑んでいるのにどこか悲しそうだ。
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