償いノ真夏─Lost Child─
そう、気付かれないように。
「あら嫌だわ、真郷。溜め息なんて。──顔色も悪いんじゃない?」
はっと顔を上げれば、母が顔を覗き込んでいた。
真郷はあからさまに嫌そうな顔をすると、素っ気なく横を向く。
「別に。普通だよ」
「今日くらい学校を休んだって良いのよ?無理して行かなくても……」
「無理してないから。学校はちゃんと行くよ。こんな時期に休んで進路に響いたら嫌だし」
鞄をひっ掴むと、真郷は席を立った。
「ごちそうさま。もう行く」
母と顔を合わせるたび、言葉を交わすたび、思い出すのだ。
部屋にこもった生臭い悪臭、女の顔をした母、無表情な男の目、グロテスクな刺青、殴られた痛み。
鮮明に、生々しく。
一つも忘れることのない、禍々しい記憶。
母は憶えているのだろうか。
どのみち、関係ない。
「──俺は忘れられない。だから、きっと、一生憎むよ、母さんを」
深見の家は、自分を縛り付ける牢獄のようなもの。
物悲しくそびえる屋敷を振り返って、真郷はそんな風に思った。