償いノ真夏─Lost Child─
父親がなにか言おうとしたが気にせず殴りつけた。もうこの男を親とは思えなかった。拳が血にまみれても、夏哉は冷静だった。今まで散々この男に痛めつけられてきたあげく、可哀想な姉は売られたのだ。いくら殴っても足りない。
父親が意識を失ったところで、夏哉はようやく手を止めた。掴んでいた手を離すと、父親の身体はそのままぐらりと畳の上に倒れ込んだ。夏哉は手に付いた血を洗い流すと、そのまま家を出て村長の家に向かった。
なにより、一人連れて行かれた小夜子が心配だった。
村長の堀川の家は、深見屋敷に匹敵するほどの邸だ。その大きな門の前に、今日は村人が二人立っていた。夏哉に気づいたそのうちの一人が声を掛けてくる。
「本日はまことにめでたい。姉君の巫女への就任、お祝い申し上げる」
さらにもう一人が続けた。
「小夜子様なら、よき巫女となってくれよう」
自分より遥かに目上の大人の男に、しかも今まで自分たちには見向きもしなかった者たちにこのようなことを言われるのが不気味でならなかった。ただごとではない雰囲気に、夏哉は息をのんだ。しかし、ここで引き返すことはできない。
「あの、姉に会いに来たんです。急だったからオレ、ちゃんと別れも言えなくて」
そう告げると、男たちは困惑したように眉を寄せた。
「小夜子様はもう禊に入られた。なのでいくら家族であろうと、男の面会は禁じられている」
「そんな……」
「可哀想だが、小夜子様は夜叉様が選ばれた特別な女性だ。君もあの方を思うなら、今はそっとしておくのが彼女の為というもの」
これは夜叉への村人の盲信なのだろうか。夏哉は唇を結んだ。これ以上、ここにいても小夜子には会えないと悟ったのだ。
だが、諦めたわけではない。姉の本当の気持ちを聞くまでは、他の者の言葉など信じない。踵を返すと、夏哉は再び家に戻った。父の姿はなかったが、さして気にも留めなかった。居ても居なくても、たいして興味の対象ではない。もう力では夏哉には勝てない。小夜子が不在の今、夏哉が守りたいものもない。