恋のはじめ
斎藤は長い瞬きをした後、不安そうにこちらを見る咲希に目をやった。
そして、一息ついて咲希の手を握った。
「少々こいつを借りる」
ぎゅっと締め付けられる感覚に、緊張で体が強張る。
皆が見えなくなった屯所裏。
ハラリと不自然に離れた手にもの寂しさを感じた。
気まずい空気の中、斎藤が言いにくそうに目線をずらした。
「あー・・・すまない。話は全て聞いた。お前が島原屋の娘だったとは驚いた」
全然そんな風には見えませんが・・・・
そうツッコミを入れたくなるほど斎藤の無表情は相変わらずで。
正直、今更何を言えばいいのかわからない。
あの時の新選組隊士が斎藤だった。
ただそれだけのこと。
なのに、なぜ涙が出るのだろう。
咲希は不意に流れた涙に戸惑いを隠しきれず、慌ててそれを拭った。
だが、一向にと舞う気配を見せない涙は、咲希の袖をぬらしていった。