Believe 〜大切なこと〜
 そんな感じで自虐的になっていた俺の名を看護師が呼んだ。俺は和也の笑顔を脳裏に思い浮かべつつ部屋へ向かう。心臓の音が五月蝿いな、静かにしてほしい。あ、止まられたら困るが。自分で自分が考えていたことに笑ってしまったが、部屋の前に立つと緊張がそれを押しのけてしまってドアノブを握る手が携帯電話のブザーのように震えた。

「どうぞ、お掛けください」

「どうも」

 度のきつそうな眼鏡だ。この男の先生は基本的に無表情であることで有名で、患者が皆不安がってしまうらしい。俺も大分不安になった。けれど俺は心のどこかで、なんだかんだで大丈夫だろうと思っていたのかもしれない。後に、それを感じさせられたのである。

「和也は……」

 俺が呟いた。その間、先生は何かの資料を眉間にシワを寄せながら睨みつけるように見ていた。あの資料って確か『カルテ』だったか。とりあえず、そのカルテには英語かドイツ語かフランス語かわからないが、外国語で書かれていて俺には全くわからない。ただ先生の返事を待つしかなかったのだ。

「率直に言うと、ですね……」

 やっと口を開いた先生。張り詰めた緊張の糸。首筋を一滴の汗が流れていく。時間がやけにゆっくり過ぎているような気もした。そして、再び先生の口が動いて――


「非常に危険です。このまま治らないか、最悪は死の可能性があります」


 率直すぎるだろ。

 時間が止まった。

 俺の心臓も止まってしまったのではないか?

 ああ、わかった。

 違うんだ。

 先生は冗談を言っているんだ。

 そうじゃないなら夢だ。

 俺、待合室に着いてから寝ちゃったのかなあ。

 まあ、夢だよな。夢だよな。夢だ夢だ。夢だよ……なあ?!

「落ち着いて下さい、大野さん」

 ハァ? 俺は落ち着いているさ。先生は何を言っているんだ?

「とりあえず座って下さい」

 そう言われて、やっと我に返った。気付けば俺は立ち上がっていて、両手は頭を握り潰しそうなぐらいの強さで押さえていた。椅子が倒れていて、俺が正常でなかったことを示している。

 何事かと部屋へ入って来る看護師たち。大丈夫だからと先生は看護師たちを追い返し、再び俺に椅子に座るように言ってきた。

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