Believe 〜大切なこと〜

「お、俺……?」

「落ち着きましたか? これは夢ではありません」

 もしかしたら、全部口に出していたのだろうか。俺が頭を下げると、謝る必要は無いと言ってくれた。


「それに、助かる可能性も僅かながらにあります。実際、徐々に治って退院した患者もいましたから」

 先生の言葉に少し安心した。死の可能性が百パーセントなど言われたら、それこそ俺が俺で無くなる可能性が百パーセントだっただろう。先生は医者だ。俺みたいな人は過去にいっぱいいただろうから、扱いに慣れているのかもしれない。こう言っておけば落ち着くみたいな……。







 しばらく話をした後に部屋を出た。院内は眩しくなくなっていて、窓から見える景色は一番星だけが輝く空である。

 なんて対照的。俺の心の中はこんなにも雲がどんよりと広がっていて、雨がざあざあ降っているのに。

 ふらふら、ふらふら。

 歩いた。一番星を見るような気分じゃなくて、とりあえず自分に似合っている方へ歩いてみた。歩いて行った先は電気が点いていない廊下。

 暗い、暗い。白い壁は明かりが無いとただの灰色のような壁である。点滅しているあれは非常口のライトだ。人間が地獄から扉を抜けて逃げようとする絵が描かれたライト。ああ、俺にも非常口があったらいいのにな。それでさっきまでの出来事を本当に夢だということにしてしまいたい。俺は看護師に起こされて、先生に会いに行くんだ。それで、和也が最近めきめきと回復していることを聞き、俺は家に帰って和也の部屋の掃除を始める。そうだ、天に昇った両親に報告を忘れずに――。

 カチッ。

 音と共に消えるライト。現実から逃げようとしている俺への見せしめだろうか。ああ、わかっているさ。俺には非常口なんてもの無いよな。

 ふいに周りが暗くなる。始めから電気の点いていない廊下に足を踏み入れた俺だが、急に暗くなった気がする。

 そうか、俺の視界だけが暗くなったんだ。貧血でも起こしただろうか。目の前に広がるのは何もない暗闇の世界。それはきっと和也のいない世界。ならば和也はきっと俺の世界の光だった。俺は代わりの光を探さないと。

 ……無い。

 血の繋がった弟の代わりをできるもの? 無いだろう、そんなもの! 畜生、畜生、畜生……!

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