今年の本10冊
八日目の蝉
 勤め先の本屋で「本屋大賞」のノミネート作品を読むようにと言われた。そうでなくてもいろいろとあって時間が限られているのに、自分の好きな本でもないのに読まなきゃいけないなんて、と思いながら、仕事だから仕方がないとあきらめて、勤め先が貸し出してくれている本を何冊か家に持ち込んだ。
 最初の本は「八日目の蝉」。蝉って七日までしか生きられないのじゃなかったっけ。土の中に何年もいるのに、地上では1週間で死んでしまう。そんなことを思い出しながら本を開いた。
 本を読めるのは、布団に入って横になってからだけ。仕事に行っているせいもあるが、帰ってからもごはんの支度に、こどもたちの宿題をお尻をたたいてやらせたり、切ない声で鳴く犬を散歩に連れて行ったりで、ゆっくり本を読む暇などなかった。いや、本当は細切れでもそういう時間は持てるだろう。しかし、私は同居している主人の伯母の目を恐れて、自分の時間を持つことを避けていた。
 主人の母は、主人が幼い頃に亡くなっていて、主人の父の姉、すなわち伯母がずっと主人と父の面倒を見てくれていたそうだ。主人の中では、伯母はもう母親同然だった。
 家事を終え、やっと一日のすべての雑事から解放されて、眠りにつくまでのあいだ。その時間が私にとっての最高に嬉しい時間だった。
 誰にもとがめられずに、自分だけの時間を持てる、だたひとつの自由時間だった。だから、出来るだけ早くに用事を済ませて、少しでも長く自分の時間を持てるようにしていた。
 隣の部屋では、主人がつけっぱなしのテレビを見ることもなくパソコンに向かっていた。この人はいつもそうだ。見ていなくっても、テレビはつけっぱなし。部屋に誰もいなくても、電気はつけっぱなし。浴槽からお湯があふれ出ていても、蛇口からじゃあじゃあとお湯を出しっぱなし。貧乏な家庭で育った私とは全く違う。
 布団に入っても電気を消さずに本を読んでいる私を見て、主人が「まだ寝ないのか」と声をかけてきた。「うん、この本ね、本屋大賞のノミネート作だから、読まなきゃいけないの」「パートタイマーなのに、時間外まで仕事をさせるのか、あの店は」と不満そうに主人は言った。
 私は、返事をせずに、本に集中しようとふすまを閉めた。隣の布団では、小学生の割にはしっかりと体重のある息子が気持ちよさそうに眠っている。
< 1 / 2 >

この作品をシェア

pagetop