Adagio
初めてクラスが別々になった中学3年の夏。
家に遊びに来た若菜は、俺の部屋を通り過ぎて浅葱の部屋へ。
その日の夜、「若菜と付き合うことになった」と浅葱に報告された。
絶対若菜と同じ高校に通うと赤い顔で笑う浅葱を見て俺は、ピアノの道へ進むことを決めた。
腱鞘炎になりそうなほど、朝から晩までピアノ、ピアノ、ピアノ。
家中にはびこるピアノの音色。
ピアノから弾き出された音が玄関まで行って、跳ね返ってまた俺の耳に戻って来る。
もう自分が何をどこから弾いているのかもわからないのに、指は勝手に動く。
それは自分からして見ても、とても恐ろしい光景だった。
家族は俺を心配しながらも音楽科へ進学する方法を詳しく知らないから、止めるべきなのかどうかもわからない。
気遣うように時々、ドアの隙間から心配そうな視線が注がれていた。