Adagio
「俺、飲み物持ってくるから!」
「ふふ、じゃあお邪魔します」
ベッドの上で四肢を投げ出して天井を見つめるだけの俺の耳に、2人の会話がやけに鮮明に届く。
憂鬱な俺を一層憂鬱にさせる声だった。
もう、聞きたくもなかった。
重いため息をつくと、静かな足音が俺の部屋の前で止まる。
「…?」
ゆっくりと首を起こした瞬間、鍵のかかっていないドアは簡単に開いた。
クリーム色の半袖ワンピースに、薄いピンク色のペディキュアが映える。
奏のけばけばしい格好とは正反対のおしとやかな格好だった。
「勝手に入っちゃってごめんね」
その言葉に緩く首を振る。
それよりも早く出ていってほしかった。
こんなに近くにあれほど望んだ彼女がいることが怖かった。