Adagio
自分の中のドロドロしたものを全部打ち明けてしまいそうで、でもそうできなかった。
だってもしそうしたら、彼女は壊れてしまう。
俺は若菜を壊したかったんじゃない。
ずっと側で、笑っていてほしかった。
本当にそれだけだった。
「余計なお世話だったら本当にごめん」
そう前置きして、言いにくそうに彼女の唇が強張る。
「…ピアノ、最近弾いてないんだってね。浅葱から聞いた」
何を勝手に言いふらしてるんだ。
俺の気持ちなんか何も知らないくせに。
浅葱に向かって心の中で舌打ちして、若菜から視線を逸らす。
体の横で握りしめたこぶしが小さく震えていた。
若菜に俺の格好悪い部分なんて、見られたくない。
「何か悩みがあるなら、聞くよ?」
悩み?
それを、あんたが聞くって言うのか。
俺の中はこんなに醜くてどうしようもない澱でいっぱいなのに。