Adagio


自分の中のドロドロしたものを全部打ち明けてしまいそうで、でもそうできなかった。

だってもしそうしたら、彼女は壊れてしまう。


俺は若菜を壊したかったんじゃない。
ずっと側で、笑っていてほしかった。

本当にそれだけだった。


「余計なお世話だったら本当にごめん」

そう前置きして、言いにくそうに彼女の唇が強張る。

「…ピアノ、最近弾いてないんだってね。浅葱から聞いた」


何を勝手に言いふらしてるんだ。
俺の気持ちなんか何も知らないくせに。

浅葱に向かって心の中で舌打ちして、若菜から視線を逸らす。


体の横で握りしめたこぶしが小さく震えていた。

若菜に俺の格好悪い部分なんて、見られたくない。


「何か悩みがあるなら、聞くよ?」

悩み?

それを、あんたが聞くって言うのか。

俺の中はこんなに醜くてどうしようもない澱でいっぱいなのに。


< 133 / 225 >

この作品をシェア

pagetop