Adagio
床に敷かれた絨毯が俺の足を絡め取る。
あっという間にバランスを崩して、気付けば床に尻もちを付いていた。
「え…?」
「知ってたよ。若菜が兄貴を好きなことだって知ってた。だけど、俺だって」
俺だって若菜が好きだったんだ。
絞り出すように覇気の無い言葉は、俺の予想と正反対だった。
子どもみたいだ、と思った。
親におもちゃを取り上げられて泣きそうになって癇癪を起こす、子どものようだった。
それが悪いとは思わない。
勇気を振り絞って兄に真っ向から言おうと思うほど、彼にとって若菜は大切な存在なんだ。
若菜は俺が好きだった。
浅葱は若菜が好きだった。
俺も若菜のことが好きだったけれど、自分のことしか見えていなかった。
それだけの、描いてしまえばとても単純な図式だった。