Adagio


床に敷かれた絨毯が俺の足を絡め取る。

あっという間にバランスを崩して、気付けば床に尻もちを付いていた。


「え…?」

「知ってたよ。若菜が兄貴を好きなことだって知ってた。だけど、俺だって」


俺だって若菜が好きだったんだ。

絞り出すように覇気の無い言葉は、俺の予想と正反対だった。


子どもみたいだ、と思った。
親におもちゃを取り上げられて泣きそうになって癇癪を起こす、子どものようだった。

それが悪いとは思わない。

勇気を振り絞って兄に真っ向から言おうと思うほど、彼にとって若菜は大切な存在なんだ。


若菜は俺が好きだった。

浅葱は若菜が好きだった。

俺も若菜のことが好きだったけれど、自分のことしか見えていなかった。


それだけの、描いてしまえばとても単純な図式だった。


< 153 / 225 >

この作品をシェア

pagetop