Adagio


「だけど兄貴が、兄貴がこんなになるまで追い詰められるなんて思わなかった。ずっとずっと、謝りたかったんだ。許してもらえるなんて思ってない、けど」


以前の俺だったらなんと言っただろう。

言葉の刃で浅葱を切り刻み、傷つけ、自分もまた傷付いて、2人一緒に倒れただろうか。


「…いいよ。もういいんだ」

いいや、きっとそうは言わなかっただろう。

以前の俺も今の俺も、浅葱の「兄」という立場は変わらない。

俺はどれだけ虚勢を張ってでも、浅葱の前では理想の兄でいたかった。


浅葱の「理想」でありたかった。


鍵盤に沈む指は長く音を伸ばし、俺の醜い嫉妬心も払っていく。

「ありがとう、浅葱」


ここまでピアノを続けてこれたのはお前のおかげだと思うから。

お前が俺の演奏を褒めて憧れてくれなければ、こんなに辛いことはとっくの昔にやめていたのだから。


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