Adagio


要は融通の利かない人間ということか。

「誰かさんと違って、な」

練習室で一人呟いた声は、エアコンの冷たい風によって掻き消された。

その代わり、そこに新たな声がかぶさる。


「北浜くん!」

顔の全部の筋肉を使って喜びを表現しながら駒田が駆け寄って来る。

片腕だけで抱えた重たそうなチューバケースが床に擦れそうなことを告げると、彼は慌ててそれを両腕で抱え直した。


「ここのところ何か悩んでたみたいだったから、ずっと心配してたんだよ。今日の音はすごくいい音だね」

「…あぁ…」

今まで自分は上手だと自惚れておきながら、俺はピアノの何もわかっちゃいなかった。


気持ちひとつがこれほど大きく音に作用するなんて。

1ヶ月もピアノにほとんど触れていなかった指は随分とぎこちない動きだったけれど、そこに込められた想いは今までの比では無かった。


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