Adagio


それから、そんな楽器に出会えるような環境がなかったこと。


「前話したよね。俺の名前を付けてくれたのはじいちゃんだってこと」

もちろん覚えている。

駒田の名前の仰々しい由来。
それを知って俺は、改めて駒田には敵わないと実感したんだ。


「じいちゃんはピアノが好きでね。俺に伴奏者になってほしかったみたいなんだ」

そのおじいさんは駒田が生まれる時どんな気持ちでその名前を付けたのだろう。

孫と共に演奏ができると思うと幸せで、うれしくて、どうしようもなかったに違いない。


だけど、と続ける駒田の表情が薄暗く翳る。

「だけどじいちゃん以外の家族は俺にピアノしか勧めてくれなかったし、俺も伴奏者なんてつまらない役になるのは嫌だった」

それはとても意外だった。


いつも笑顔でいる駒田は明るく協調性に長けていたし、きっとみんなが嫌がる役は自分から立候補するのだろう。

そうやって人を安心させる性格は、もちろん小さい頃からそうだったのだと思っていた。


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