Adagio
「今でこそこんなだけど、俺はすごく目立ちたがり屋だったんだ。だからチューバなんて地味な楽器、見向きもしなかった」
地味な楽器。
そう呟いた時駒田の顔が苦しそうに歪められた。
チューバケースを大事そうに愛しそうに抱きしめ、どこか遠くを見つめるように言った。
「でもね、俺がピアノに打ち込むたび、じいちゃんが悲しそうな目で俺を見るんだ。俺に散々ピアノを勧めた家族は、俺が失敗するたびにイライラしてた」
それはどれだけの圧迫感を伴うものだったのだろう。
俺の家族は音楽のことなんて全然知らなかったから、俺がどれだけピアノの練習をしていても首を傾げるばかりだった。
そして俺は音楽の知識の乏しい家族を心の中でバカにし、呆れていた。
けれどそんな緊張が無いだけマシだったのかもしれない。
「今思えば俺にピアノは向いてなかったのかもしれない。全然実力は伸びなくて、優勝トロフィーなんてひとつも手に入れることはできなかった」
段々と駒田の周りを覆う空気の質量が増していく。
肩にずしりとのしかかる重みが俺の方にも漂ってくる。