Adagio
俺が絶対使うだろうと予測していた言葉を、沢渡は使わなかった。
「私は」。
その言葉が俺の中のNGワードだった。
みんなが知らなくても、「私は」あの子のことをわかってる。
みんながあの子を嫌いでも、「私は」あの子のことが好き。
無意識に飛び出るその単語は些細な、けれどとても独りよがりなもので。
けれど沢渡はそれを使わなかった。
むしろ奏がみんなと打ち解けられるように、考えてくれている。
「ひょっとして、私のこと試しました?」
気付かれないようにしたつもりだったのに、どうやらばれていたらしい。
言葉に詰まると、彼女は口元に指を添えてくすくすと笑った。
「実を言うと私も心配です。知ってましたか」
ほんの少し顔を近づけた彼女が、実に楽しそうに呟く。
――リーチくんって、かなりモテるんですよ。