Adagio


俺が絶対使うだろうと予測していた言葉を、沢渡は使わなかった。


「私は」。

その言葉が俺の中のNGワードだった。


みんなが知らなくても、「私は」あの子のことをわかってる。

みんながあの子を嫌いでも、「私は」あの子のことが好き。


無意識に飛び出るその単語は些細な、けれどとても独りよがりなもので。

けれど沢渡はそれを使わなかった。
むしろ奏がみんなと打ち解けられるように、考えてくれている。


「ひょっとして、私のこと試しました?」

気付かれないようにしたつもりだったのに、どうやらばれていたらしい。

言葉に詰まると、彼女は口元に指を添えてくすくすと笑った。

「実を言うと私も心配です。知ってましたか」


ほんの少し顔を近づけた彼女が、実に楽しそうに呟く。

――リーチくんって、かなりモテるんですよ。


< 178 / 225 >

この作品をシェア

pagetop