Adagio
「うん」
すぐ目の前にいるのに、奏が急に遠くに行ったみたいだった。
だけど遠くにいてもその輝きがわかるぐらい、とても、とても強い目をしていた。
「うん、わかった」
何度も頷きながら自身にも俺にも言い聞かせるように、同じ相槌を繰り返す。
「わかった、わかったよリーチ」
伸ばされた手に、一瞬何を求められているのかわからなかった。
けれどすぐに理解して、俺も手を伸ばす。
抱きしめたこともあったのに、こうやって正面から手を握るのは初めてかもしれない。
頭の片隅でそんな、くだらないことを考えた。
奏のてのひらは手入れが行き届いていて、人形のそれのように滑らかだった。
だから余計に、そこに宿る体温が強く印象に残った。
そうやって何かぶつぶつと考えていなければ、泣いていたかもしれない。