Adagio
先生に自由曲のエントリーを急かされていたので、翌日急いで職員室へ向かう。
みんなまだ来ていないのか用事があるのか、職員室には泉水先生しかいなかった。
「泉水先生」
声をかけるとキャラメル色の視線が俺をとらえる。
「エントリー曲が決まったので報告に来ました」
先生がそれまで読んでいた楽譜には「マゼッパ」と記してあった。
どこかのコンクールで演奏するのだろうか。
それを思うと歯噛みしたいほど悔しくて、叫びたいほどイラついた。
だけどここで逃げてはいけないことを彼女から教えられた。
いつか、――いつか追い越してみせる。
芽生えた野心を抑えこむように手短にエントリー曲を告げると、先生は笑いだした。
「ははは!自由曲にこれを選ぶなんて正気かい?」
「もちろんです」
今日ここにいたのが泉水先生だけでよかったと思う。
他の先生がいたらきっと、止められていたに違いない。