Adagio
周りの連中だって、自分しか見ていなかった。
それが普通だと思っていた。
「俺を真正面から見てくれたのは駒田と奏ぐらいだよ」
それから、浅葱と若菜も。
俺の演奏を好きだと言ってくれる、それだけの言葉がどれほど俺を勇気づけるか知らないのだろう。
その言葉だけに背中を押されて、ここまで来たんだ。
「奏は俺がモテるなんて言うけど、俺は今までそれも知らないぐらい何も言われてこなかった。わかるだろ、奏が側にいるだけで周りの評価が簡単に変わるのは、俺のことなんてちゃんと見て無い証拠だ」
俺がくじけそうになりながら何とか立てているのは、ピアノと向き合えているのは奏のおかげだ。
奏からピアノをもらわなければ俺は今頃四葉高にはいないだろうし、奏に指摘されていなければ中身の無い空っぽの演奏を続けるだけだったろう。
「でも、でも」
それでも納得せずにしゃくり上げる彼女に、俺は続ける。
「俺は、そんな人たちが周りにいてもうれしくない」
上辺しか見ない人たちなんて、それこそ邪魔なだけだ。
ましてや、奏をそんな風にずる賢く傷つける奴らなんて。