Adagio
コンクールの課題曲の中から、俺はリストの「ため息」を選曲した。
リストの曲は一般的にどれも難しいと言われ、その中でも特に「マゼッパ」は難曲として有名だ。
敢えて難しいリストの曲を選んだのには理由がある。
コンクールで弾くのは2曲。
課題曲と自由曲だ。
1曲目に「ため息」を弾いて自分のテクニックを審査員にアピールした後、2曲目の自由曲ではより表現にこだわった曲を弾こうと思っている。
けれど俺はコンクールまであと3カ月を過ぎた今でもまだ自由曲を決められていない。
自由曲に適しそうな曲をまんべんなく練習してはいるものの、どれが一番自分に合っているのかわからない。
そうやって、進みながらも逃げ続けている。
苦しみのレベルなんて付けられない。
そうは思うけれどやっぱり、この状況は俺にとってすごく辛い。
「兄貴、ただいまー」