Adagio
でも俺がお遊びで弾いている曲は、浅葱にとっては違ったらしい。
「すっげぇー兄貴!何その…指が、こう…」
そうやって俺の横で一生懸命指を動かす浅葱は、ピアノを始めた頃と何も変わらないまま高校に入学した。
選んだ高校は四葉高校ではなく、最寄りの公立高校。
音楽科なんてもちろんあるわけもなく、浅葱はそこで音楽から離れて生活している。
「お前は、音楽に未練はないのか…?」
もっと気軽に訊ねるつもりが、思っていたより神妙な口調になってしまって戸惑う。
けれど浅葱はそれを気にかけることもなく即答した。
「無いよ。俺が音楽に未練ができるのは、兄貴がピアノをやめた時だけだ」
「…何だそれ」
笑い飛ばす、つもりだった。
だけど浅葱の声も表情も、笑い飛ばすには真剣すぎた。
「兄貴がピアノをやめた時、俺はきっとすごく後悔する。兄貴にピアノをやめさせた原因が自分にあったんじゃないかって、死ぬまで自分を責め続ける。
だから、やめんなよ」