Adagio


でも俺がお遊びで弾いている曲は、浅葱にとっては違ったらしい。

「すっげぇー兄貴!何その…指が、こう…」


そうやって俺の横で一生懸命指を動かす浅葱は、ピアノを始めた頃と何も変わらないまま高校に入学した。

選んだ高校は四葉高校ではなく、最寄りの公立高校。

音楽科なんてもちろんあるわけもなく、浅葱はそこで音楽から離れて生活している。


「お前は、音楽に未練はないのか…?」

もっと気軽に訊ねるつもりが、思っていたより神妙な口調になってしまって戸惑う。

けれど浅葱はそれを気にかけることもなく即答した。

「無いよ。俺が音楽に未練ができるのは、兄貴がピアノをやめた時だけだ」

「…何だそれ」


笑い飛ばす、つもりだった。

だけど浅葱の声も表情も、笑い飛ばすには真剣すぎた。

「兄貴がピアノをやめた時、俺はきっとすごく後悔する。兄貴にピアノをやめさせた原因が自分にあったんじゃないかって、死ぬまで自分を責め続ける。
だから、やめんなよ」


< 30 / 225 >

この作品をシェア

pagetop