Adagio
どうしたものかと思いながら手を差し伸べると、相手は自力で起き上がってにへらと笑った。
「ごめんね、びっくりしたよね」
びっくりしたのは俺よりそっちの方だと思うんだが。
けれどそれを言うより先に相手は柔らかく微笑んだ。
「北浜くんだよね、ピアノ専攻の。俺の名前覚えてる?」
「いや…悪い」
音楽科は横の繋がりがとても薄い。
みんな自分のことに目を向けるだけで精一杯だからだ。
けれど奏とは違って俺のことを知ってくれている彼に感謝したことは事実だ。
彼は少し眉を下げて笑うと、小さく頭を下げた。
「チューバ専攻2年生、駒田伴鳴(コマダ トモナリ)です」
「あ、あぁ…ピアノ専攻2年、北浜利一…です」
丁寧な仕種に圧倒されて、こちらまで頭を下げてしまう。
けれど彼の言動はとても気弱だった。
「…チューバ…?」
思わず声が出てしまう。