Adagio
気分を盛り上げるために楽しい曲でも弾けばいいんだろうか。
頭の中にあるスコアをパラパラとめくって、その中からモーツァルトの「トルコ行進曲」を選ぶ。
簡単な曲だけど指慣らしぐらいにはなるだろう。
そう思って弾いてみたものの…。
「…駄目だ」
鍵盤の上を滑っていた指が途中で力を無くしてずり落ちる。
楽しい曲を弾いてみたはいいけれど、まったく気分が高揚しない。
むしろ虚しくなってくる。
そろそろ許可された時間も過ぎるだろうし、帰るか。
そう思って立ち上がろうとすると、いきなりドアが開いた。
膝上を優に超えた短いスカート、首元から覗くネックレスに指定外のワンポイントが入ったソックス。
それだけでも不愉快なのに、耳には何個あるのかわからない数のピアス穴、アイラインは太すぎてどこから目なのかもわからない。
「あれ、合唱のテストの追試は?」
生き物なのかわからないぐらいの量のまつ毛を揺らして、そいつは首を傾げた。