Adagio
「デートなんだろ」
質問した瞬間に浅葱は頬を真っ赤にしてうつむいた。
あぁ、やっぱり。
「あ、兄貴には関係ねぇだろ…っ」
「これとこれなんかいいんじゃないか?」
言いながら浅葱に合わせてみたのは、白いカッターシャツとジーンズ。
至ってシンプルな格好だけど、浅葱が着ると悪くない。
けれど浅葱は不服なのか、何度もそれらを合わせては離して眉を寄せていた。
「これぇ?地味じゃねぇか…?」
「あんまり派手な格好でも嫌がられるだろ。…あいつは、特に」
それに気を張りすぎるとうまくいかないぞ。
そう言うと納得したようで、浅葱はにこにこしながら部屋を出ていった。
対する俺は憂い顔。
ため息ばかりが口から落ちる。
泣きそうな気持ちで入れたのはコンポのスイッチ。
流れてくるのは、誰も超えることができないほどの高みにある美しいピアノの音色。
俺が唯一“上”に立つことを許せるピアニスト、バスキー・アドルフの演奏。