Adagio
バスキーの演奏に出逢ったのは小学生の頃。
ニュース番組のアナウンサーを相手に受け答えしている中年の男性。
字幕に記してあった年齢は50歳を過ぎていたけれど、そんな年齢を感じさせないほどに彼は輝いていた。
質問がすべて終わった後、バスキーに一曲弾いて欲しいと申し出るアナウンサー。
ためらうでもなく彼はすんなりとそれを受け入れ、事もなげに一曲弾いてみせた。
それがピアノ界でも最難曲と言われるほどの曲、リストの「マゼッパ」だった。
早送りとしか思えないぐらいの速く正確な指運び、けれど力強さと繊細さはきちんと残っていて、何より。
弾いているバスキー本人が、少年のように楽しそうに弾いているから。
あの人みたいになりたいと思った。
だけど今の俺はあれから一段も階段を上れていない気がする。
バスキーとの差は、彼を目指そうと決意したあの日から1ミリも埋まっていないような。
だから練習してもしなくても、不安で仕方ない。
そのうえ先生にまであんなこと言われたら、もう。
「どうしろって言うんだ…」
なぁ教えてくれよ、バスキー。
その音で、その指で、俺の答えも導き出してくれ。