Adagio
見えなくても、駒田が納得していると思いたい。
「北浜くんに伝えてもらえないか。君は一人でやるには充分すぎるほど練習している。君に足りないのは誰かの感性に触れて、それを吸収することだって」
伝えてくれと言ったくせに、先生からの伝言はあまりに長い上に早口だった。
きっと普通なら正しく伝わってはいないだろう。
…ここに、俺が隠れていなければ。
先生がドアを閉めて去って行ったのを確認してから、俺は奏を腕から解放する。
「気付いてたね、泉水先生」
そう言って駒田が薄く笑った。
「誰かの感性を吸収すること…か」
小さく呟きながら、視線は何となく奏の方へ向かう。
きょとんと首を傾げたまま固まっていた奏が、急に俺の服の裾を引いた。
「…ねぇ、リーチ」
縋るような目に視線が逸らせずにいると、駒田は空気を察して無言で手を振りながら部屋を出ていった。