エリのミカタ
ジュースを飲み終わってからまた少し歩くと、駐車場の裏に2階建ての明るいグレーのアパートが見えて来た。
階段を上がって右の1番奥の部屋のドアを母親は勢い良く開けた。
「たかー!来たよー。」
母親の明るい高い声を久々に聞いた。部屋の窓が開いているらしく、一気に風が駆け抜けて来た。薄暗い部屋。玄関には汚い男物の黒いサンダルが1つと、2本のビニール傘が刺さった傘立てがあった。
母親は
「暑ーいこの部屋。たかー、寝てるのー?」
と言いながら持っていた荷物をドサっと置き、サンダルを雑に脱いで部屋に上がって行った。
「もう、昼には着くって言ったのにぃ。」
すると部屋の奥から低い男の声がした。
「あー何だよ、あーもうこんな時間?よっと」
私が玄関に立ち尽くしていると
「エリー、何してんの?早く来な!挨拶して。」
と母親に呼ばれた。急いでビーサンを脱いで中に入ると、灰皿やライターや空き缶、紙くずでいっぱいの茶色いテーブルとTVがあって、その奥の部屋に、白いタンクトップにトランクス、無精ひげが生えて、長めの黒髪もグシャグシャの若い男が布団の上にあぐらをかいてこっちを見ながら座っていた。その横で母親はニコニコしている。完全に女の顔だ。
「清水エリです。宜しくお願いします。」
私がおどおどと小さい声で言うと
「これがエリー?可愛いじゃん。」
と男は言ってニヤっと笑った。怖っ…
「ちょっとぉ、変な目で見ないでよ!」母親は男の肩をパシっと叩くと続けて私に言った。
「エリあんたもう清水って言うのやめな。今はもう田中だから。あー、でも早く新田になりたいかもぉ。なんてね、えへへ。」
「バカじゃねぇの。」
母親の言葉に笑って言った後、男は
「俺、新田孝弘っての。宜しくね。まぁこれから3人で仲良く暮らそうや。」
と私のほっぺたをペシペシと2回軽く叩いた。
これが悲劇の始まり。
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