キミは嘘つき蝶々
「義太夫、蝶の道行ですわ」

夏が囁くように続けた。

「現で結ばれなかった恋人たちが蝶になり、たわむれるところから物語は始まります。
でも叶わなかった恋の喜びを謳歌するように見えた蝶たちはいつしか地獄の業火に焼かれ、悶え苦しんで息絶え、消えてしまうんです」

……なんて救いのない話だ。

夏の解説に引きつりながらも俺はどんどん二人の舞いに引き込まれて行った。

日本舞踊なんて、欠片も興味なんてなかったのに。

蝶のように、儚くも美しく舞う森口から目が離せなかった。

〜四季折々の花の影、かざす扇はそのままに、蝶よ小蝶よ、ひらひらひら、払へばとどめくる、くるくるくる。

やがて舞いは荒々しく激しいものに変わっていく。

〜修羅の迎ひはたちまちに、狂ひ乱るる地獄の責め、夢に夢みる草の露、面影ばかりや、残るらむ。

そして、息絶えた二人は折り重なるようにパタリと倒れ込んだ。

「…片桐先輩?」

夏の声にはっと現実に引き戻される。

目をしばたいて彼女を見ると、夏は隣の部屋のふすまを開けていた。

「こちらに隠れていて下さいな。
宗也さんは夏がうまく連れ出しますから」





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